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ゴンドラの唄 / Gondora no uta
[詞/作曲]
吉井勇/中山晋平
いのち短し 恋せよ少女(おとめ)
朱(あか)き唇 あせぬ間に
熱き血潮の冷え間に
明日の月日はないものを
詩は、石川啄木らと文芸誌『スバル』の創刊に携わった吉井勇です。よく知られたこの詩ですが、もとは、15世紀のフィレンツェに由来しているようです。ルネッサンス期の指揮者ロレンツォ・デ・メディチは謝肉祭用の8節の詩を残していますが、第1節は以下のようです。
Quante bella giovinezza
Che si fugge tuttavia
Chi vuol esser lieto,sia
Di doman non ce certezza
イタリア語初級でも訳せそう。ここでは、イタリア史家の塩野七生さんの訳を紹介します。
青春とは、なんと美しいものか
とはいえ、みるまに過ぎ去ってしまう
愉しみたい者は、さあ、すぐに
たしかな明日はないのだから
古今東西、昔から「時は移り変わるもの、美しさも一瞬。だからその一瞬を大切にしょう。」という思いは同じなのですね。
さて、この作品は大正4年に芸術座で島村抱月の『その前夜』の劇中歌として歌われ、昭和27年には、黒澤明監督の映画『生きる』のラスト・シーンで主人公によって歌われています。作曲家の中山晋平については、また別の機会に触れましょう。今回は『生きる』という映画について記しておきます。
市役所の市民課長として無遅刻・無欠勤で勤続30年になる主人公は、事なかれ主義で仕事をこなし、面白みのない人生を送っているのですが、ある日、体調の不良で病院に行ってみると胃がんと診断され、余命4ヶ月と宣告されます。自暴自棄になりなりますが、ある日、埋立地に児童公園を作って欲しいと、陳情書を持って市役所に訪れた地域住民の姿を目にして、これまでの人生を取り戻すべく、人が変わったようにこの児童公園の建設に取り掛かるのです。そして、雪降る冬の夜、完成した公園のブランコに主人公はひとり乗り、この『ゴンドラの唄』を歌いながらこの世を去る・・・という物語です。
私の父も、この歌が好きだったみたいです。父が亡くなってから、「ちあきなおみ」さんのアルバムを買ったらこの曲が入っていて、「あ!あの曲だ!」と気がつき、今では私の十八番になりました。ささやくように、語りかけるように歌いたいね。